「城跡めぐり」カテゴリーアーカイブ

お城めぐり 宇須岸館

道南十二館のひとつ、宇須岸河野館(うすけしこうのたて)

遺構はなく、ペリー広場の横に説明板がありました。

享徳3年(1454年)津軽の豪族 安東政季に従って武田信広(松前氏の始祖)、
河野政通らが蝦夷地に渡る。
政通は当時「宇須岸」と呼ばれていたこの地に「館」を築いた。
これが宇須岸河野館で、館が方形だったため箱館という地名がうまれたとされる。
(説明板より)

函館という地名の発祥の館なんですね。

 
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ペリー提督像

 

ペリー広場

 

宇須岸河野館:北海道函館市弥生町2-2

 

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函館は坂の多い街。電動アシスト自転車が大活躍。
志苔館に始まり、今日は一日中自転車に乗っていたな。
海沿いを走れて気持ちよかった。

日本最古のコンクリート電柱

 

赤い靴の少女像「きみちゃんの像」

 

函館駅前にある棒二森屋。2019年1月末に閉店するそうです。

 

 

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お城めぐり 穏内館

道南十二館のひとつ、穏内館(おんないだて)

伊能忠敬北海道測量開始記念公園から国道228号線(松前国道)を
南に歩くこと約10分。

福島町漁村環境改善総合センター建物横、敷地内に標柱がたっています。

遺構はなく標柱があるだけです。

福島町漁村環境改善総合センター

穏内館:北海道松前郡福島町館崎350-15(福島町吉岡支所)

〈 追記 〉

後日、穏内館について調べてみました。

この館は昭和40年、道南十二館の文化財調査の際に所在が確認された。
しかし、この所在地を切り崩して国道用地と青函トンネル工事のため埋蔵文化財調査をせず昭和46年に工事を着工。
遺構が発見され工事を一時中止して、学芸員により緊急発掘された。
この結果、正方形に近い80m四方の館で、その周辺部と内部に空堀がめぐらされていることがわかった。
しかし、表層撹乱のため門構え、住居跡などの発見はできず緊急調査は終わり
穏内館は滅失した。
現在この地は国道228号線となっている。
文化財保護意識の欠如がもたらした悲劇でもある。
~日本城郭大系より~

そうだったんだ。う~ん、惜しいですね。

地図中の渡島吉岡駅は松前線の廃線により1988年2月に廃駅となっています。

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バスの時間まであと1時間あったので、すぐ近くのトンネルメモリアルパークへ。

 

国道からゆるい坂道を上がった丘の上に位置しています。

昭和62年、青函トンネルの完成にあわせて工事跡地に整備された公園です。

 

青函トンネル建設記念碑

 

駆遂艦 柳 平和記念塔

 

駆遂艦 柳 応戦展望の地碑

 

メモリアルパークもあっという間に見終えてしまったので
バスの時間が来るまでおとなしく公園のベンチで時間を過ごした。

最寄りのバス停は小笠原クリニック前です。

トンネルメモリアルパークからの眺め

 

 

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お城めぐり 松山城

松山城は比企城館跡群のひとつです。

 

登り口より登城。

 

雨で湿った山肌と濡れ落ち葉、さらに地面に落ちている直径3,4㎝くらいの
丸い木の実に足をとられながら必死で登っていくと階段が見えてきました。

 

階段を上ると本丸に到着。

石畳と石段は当時の遺構なのでしょうか?

 

さらに奥へ進もうかと思いましたが、足元が滑って危ないのでここで終了。

 

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松山城のすぐそばにある吉見百穴に立ち寄った。

ずっと よしみひゃっけつ と読んでいたけど よしみひゃくあな と読むようだ‥。

 

松山城へ車で訪問の際は吉見百穴の駐車場が利用できます。(無料)

 

松山城:埼玉県比企郡吉見町北吉見298付近

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